Special You and I...Hyde

 

アイツがここに来てから随分たった。
季節は暖かい春から肌寒い秋になり、このメンバーでの日常サイクルが慣れてきた頃。
俺はいつものように庭にあるバラ園のベンチで本を読んでいた。
 
 
 
「…もうこんな時間か…。」
 
 
 
本を読み出すとどうも俺は読み耽ってしまうくせがあるらしい。
昼食後から読み出した医療関係の分厚い文献も半分を越え、日は少しずつ傾きはじめていた。
足元に寄ってきた犬のハニーは散歩用のリードをくわえて、ふさふさした尻尾を振りながら俺を見つめる。
  
 
 
「そうだな、散歩行くか。」
 
 
 
わしゃわしゃと顔を手で包み込むように撫でてやると嬉しそうに目を細める。
 
 
 
カチッ
 
 
 
「…よし。」
 
 
 
リードを首輪につけ、散歩の準備は整う。
テーブルに広げた本や文献を手早くまとめて隅に寄せておく。
 
 
 
「…じゃあ行くぞ。」
 
 
 
俺の声に続くようにハニーは元気に鳴くといそいそと門の方へと歩き出した。
 
 
 
「ハイドさん!」
 
 
 
歩き出した途端呼び止められる。家政婦のカイリだ。
買い物カゴを持った彼女はパタパタ足を鳴らせてこちらに向かってくる。
   
 
 
「どうした?」
「はぁ…はぁ…私も今からお買い物行くんです、お散歩のついでについて行っても、いいですか?」
 
 
 
玄関を出る前からにこちらに気づいていたのか彼女の息はあがりっぱなし。
あまり体力がないくせにいつもバタバタと駆け回っている印象がある。
 
  
 
「…あぁ、構わない。」
「ありがとうございます。…ハニー今日は私も一緒だぞ〜♪」
 
 
 
にこっと笑うと彼女は屈んでハニーの頭を優しく撫でる。
しかしハニーはなんとなくしかめっつらをして、ぷいとそっぽを向いた。
なぜかハニーは彼女を好かない。…なんでだ?
 
  
 
「あはは、まぁそのうち仲良くなれたら良いですよね。」
「そのうちと言いながらもう半年近くたってるがな。」
「う…;」
 
 
 
屋敷に来てからの約5年間、俺は彼女と出会うまで全く異性と話をしていなかった。
話す機会も必要もないからだ。
人間嫌いな俺はどんな人間にも壁を作って生きている。
そうしていつのまにか冷めた考えと人間関係しかない俺にとって、
彼女は不思議な存在になっていた。
 
 
 
「今日はどのルートで行くんですか?」
「ん?…そうだな…。」
 
 
傾き始めた日射しの中、俺達はゆっくり歩き出した。
 
 
 
 
  
 
 
  
 

 
  
「あ、じゃあ私こっちなので。」
「あぁ。」
 

20分程歩くといつもの市場に着いた。
俺と彼女は市場の前で別れ、俺はハニーを連れて近くの広場に向かう。
 
 
「よっ…と。」
 
  

リードを外してハニーを走らせてやる。
元気に俺の元から走り出し、風に舞う葉を追いかける姿はとても愛らしい。
傍にあるベンチに腰掛け、ぼうっとその様子を眺めながら、彼女の事を思い出す。
 
 
 
「…出会いは…そうだ第一印象お互いに悪かったんだ…。」
 
   
 
 
彼女が屋敷にやってきた時、俺はいつものようにバラ園で読書をしていた。
こちらを向いた彼女と視線が合ったが目を逸らしたのを覚えている。
またいつものように今回の家政婦もすぐに辞めるのだろう、
だから無理に挨拶なんてしなくていいと思っていた。
  
まぁ実際彼女は今までの家政婦の中で一番続いているのだが。
俺はどうしてか毎回家政婦から好意を寄せられていた。
しかもそれは度が過ぎているものばかりだった…。
ベッドで寝ようとしたら勝手に家政婦が寝ていたり、
偶然を装って風呂に入ってきたり…結構えげつない内容が多い。
つまりそんな事ばかりあったがため、屋敷の家政婦はクビになり毎月のようにコロコロ変わっているのだ。
勿論この類の被害は俺だけに限らずだが…。
普通なのかもしれないが今までの家政婦と比較すると、彼女は全くタイプが違っていた。
男慣れはしていないし、変にこびたりもしない、素直で真っ直ぐな性格。
だから彼女といると安心する…他の住人達もきっと同じ気持ちなのだと思う。
   
こうして半年彼女と過ごしてきて、なんとなく屋敷の雰囲気が変わってきた気がする…。
住人達も前より明るくなったような気がする。
ただ、俺は変わらない。彼女と共に過ごし少しだけ喋るようにはなったが、
根本的には何も変わっていない。
俺は生まれたときから普通の人間じゃなかった。
だけど、そう気づいたのは15歳の頃だった。
15歳の俺は今まで背負ってきた何もかもを捨て家を飛び出したんだ。
あてもなく街をさ迷っている最中、俺はクリスに声をかけられた。
クリスに声をかけられた事を俺はとても幸運に思っている。
しかしその反面、これで良かったのかとも思っている…。
彼女の顔が過ぎった。
クリスが俺を拾ってくれなかったら彼女とは会えなかった…。
そう考えたらとりあえず良かったと納得した。
 
 
 
  
「お兄ちゃん。」
「?…なんだ?」
 
 
 
一人暗い過去を振り返っていると、いつのまにか目の前に10歳くらいの少女が俺の前に立っていた。
紫色の肩までの髪に同色の大きな瞳をしたかわいらしい少女。
俺は一瞬今の今まで思い出していた彼女と少女がダブった。
  
 
 
「わんちゃん触っていい?」
「あ、あぁ…いいぞ。」
 
 
 
屈託なく笑う少女は俺が許すとにっこり歯を見せて笑い地面に伏せているハニーを撫でだした。
 
 
 
「うわぁ、ふわふわだね!」
「だろ?ハニーって言うんだ。」
「かわいいね!」
 
 
 
少女が楽しそうにハニーを撫でている姿を見ていると
彼女とハニーを飼おうと言った時の事を思い出した。
ハニーに嫌われてるくせに体を洗おうとしようとしたりエサをあげようとしたり…。
何度嫌われてもめげない彼女の姿がとても…
 
 
 
「お兄ちゃん。」
「あっ、え、なんだ?」
「やさしい顔してるね、お嫁さんのこと思い出してたの?」
「なっ!ばっ、嫁じゃない!」
 
 
 
今までハニーを触りながら俺を観察していたのか、
彼女そっくりな少女はこちらを向いてにまっと笑う。
 
 
 
「じゃあ好きな人?」
「ち、違う。そういうのじゃない!…ませてるな、ちっこいくせに。」
「へへ、女の子は分かるんだよ、お兄ちゃん。」
 
 
 
女はどんな年頃であっても女らしい。
俺は負けたと心の中で苦笑して何もいわずただ少女の頭をぽんぽんと叩いた。
 
 
 
「さて、そろそろ行くか…」
「あ、行っちゃうの?」
「あぁ…もう結構遅い。お前も早く帰るんだな。」
「うん。」
  
 
 
 
時刻は午後5時…随分空は赤くなってきた。
俺はベンチから立ち上がり再びハニーにリードをつけはじめる。
少女も立ち上がり、パンパンと衣服に付いた砂を掃って立ち上がる。
 
 
 
 
「あぁ、ひとつ言っておく。別にそいつの事好きなわけじゃないからな。」
「…へへへ。フラれたらアタシがお嫁さんなったげるね!」
「オイ。」
「じゃあね!」
 
 
 
勝手な事を言い残して少女は足軽に走って行った。
何とも言えない恥ずかしさを胸に、俺はリードをひいて広場を後にした。
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



「あれ?ハイドさん、なんでいらっしゃるんですか?」
 
  
 
先ほどの市場の出入口となる場所で俺は再び彼女に出会った。
出会ったというか、待伏せていた。勿論変な意味じゃない。
 
 
 
「たまたま時間が合ったから来ただけだ。」
「あ…ありがとうございます!えっと、待ちましたか?」
「いや、そんなには。」
「ふふ…。」
 
 
 
たどたどしい俺の態度を面白がる彼女は口に手をあてて上品に笑った。
 
 
 
「…持つ。」
「え?」
「持ってやる、貸せ。」
「あっ!…ありがとう…ございます。」
「あぁ…。…って見るな。」
 
 
 
いっぱいになった買い物カゴはとても重そうで、
俺はリードを持っていないほうの手で彼女からカゴを取る。
驚いた様子で彼女は俺を見る、その視線が恥ずかしくなり、フイと横を向いてしまう。
 
 
 
「あ、すみません。こう言っては失礼かもしれないんですが…なんだか意外で…。」
「お前な…俺だって一応男だ、一緒にいて女性に重いモン持たせたままなわけないだろ。」
「…っ///」
 
 
 
怖ず怖ずと話し出す彼女に俺は眉間にシワを寄せて言い張る。
途端に彼女はぱあっと顔を赤らめた。
 
 
 
「なっなんで急に赤くなるんだ。」
「すっすみません!なんか変に恥ずかしくて!」
 
 
 
俺にはその反応の方が恥ずかしくて、彼女の方を見た。
すると手の平をパタパタ振り彼女は自分の頬を抑える。
何が恥ずかしいんだか…そんな反応されたこっちが恥ずかしい…。
 
 
  
「…あーったく!早く帰るぞ!」
「えっあっはい!」
 
 
 
俺はカゴを肩にかけてさっさと歩く。
赤らんだ顔を見られないよう、彼女よりも早く。
  
 
 
「ま、待って下さいハイドさん!」
 
 
 
紅い赤い黄昏空…
赤い夕日を背中に浴びて俺の元に駆ける君は『誰そ彼』
近づいて見せた笑顔、いつまでも、いつでも傍にいてほしい。
 
 
 
「あ、ハイドさんも、顔赤いですよ?」
 
 
 
きっとそれは夕日のせい、そして君のせい…