Special You and I...Chris

 

彼女を採用したのはきまぐれだった。
格好の良い青年ばかりがいる屋敷の家政婦、給与も高く、立地も悪くはない。
だから家政婦を募集した際には多くの応募があった。
彼女は特別何か光るものがあるわけではない普通の女性…。
しかしそんな彼女に何か大きな力を感じた。
そして今、私は彼女を採用したことを心から良かったと思っている。

 
 
 

 

 

 

 
「…ふぅ、ちょっと根詰めましたか…。」

私の日課は読書だ、毎日昼から夕方にかけては書斎でこうして一人ソファーで横になり読み耽る。
この時ばかりは普段行儀やマナーにうるさい私も手すりに足をかけて背中にクッションを挟みリラックスモードだ。
文学や政治、医学書でも料理本などどんなジャンルでもじっくり読めば面白い事を知っている。
幼い頃から本や大人に囲まれて育ってきたせいか、昔から読書ばかりしていた。
 

 
「ん…。」
 

 
本を顔に被せソファーに寝転がったまま伸びをする。
昨日買った分厚い新書を一晩中読んでいたからか物凄く体がだるい。
 

 

 

 

 
コンコン

 

 

 

 

 

 
「…はい。」
「カイリです、クリスさんお茶とお菓子の差し入れです。」

 

 

 

ガチャッ…
バタタッ!!
 

 

 

 
油断していた私は反射的にドアの向こうの声に返事をしてしまった。
彼女の声に驚いた私は"行儀のいい"体制に急いでなろうとしたが、一歩遅く、
だるそうに寝そべっている姿を見られてしまった。
 

 

 
「あ、すみません、お休み中でしたか?」
「大丈夫です。すみませんお見苦しい所をお見せしてしまいましたね。」
「いいえ、誰にだって一息つきたい時はありますもんね。」
 

 

 
彼女はテーブルに持ってきたティーカップや皿を丁寧に並べていく。今日のお茶
請けはクッキーらしい、可愛い物が好きな彼女らしさのある色んな色をしたハー
ト型のクッキーが皿の上に行儀良く並べてある。
 

 

 
「……。」
 

 

 
クッキーに釘付けになっていた私だったが前からの視線に気づきパッと
顔を上げると彼女が不思議そうにこちらを見ていた。
 

 
「どうされました?」
「いや…クリスさんって眼鏡かけるんだなぁと思いまして…。」
「あ、これまた失敬。」
 

 
普段かけない眼鏡だが読書や仕事をする時はかけている。
そんな姿を初めて見た彼女は不思議そうに、だけどどこか楽しそうに笑った。
少し恥ずかしくなった私は眼鏡を外しテーブルの隅に置いておく。
 

  
「あれ?外してしまうんですか?」
「え?えぇ…恥ずかしいですから。」
「そんなことないです!すっごくお似合いですよ…!」
 

 

 
眼鏡を外すと彼女は残念そうに首を傾げた。
しかし私が照れると目をキラキラさせて無言のリクエストをしてくる。
 

 
「…ふふっ、似合いません。」
 

 
笑顔で"似合わない"の一点張りをする。
こうしたら誰もそれ以上に食いついてこない事を知っているから。
銀で縁取られた眼鏡を側に置いていた革のケースに丁寧にしまった。
 

 
「…じゃあコンタクトはしないんですか?」
「あぁ、しませんね。」
 

 

 
彼女の問いにスパッと答えるが彼女は私をきょとんとした表情で見つめている。
 

 

 
「なんでですか?便利だと思いますよ?」
 

 

 

  

「怖いから嫌なんです。」

  

 

 

 
「………え?」
 

 

 
20半ばの男が何を怖がっているのかと世間では思われるのだろうけど私はそんなこと気にしない。
 

 

 
「目に目薬以外入れるなんて絶対無理ですね、目薬すらも私は嫌なんですが、
コンタクトなんて痛そうだし面倒そうだし衛生的に悪いし怖いし、
便利かもしれませんが私には合いません。」
「………ぷっ…ふふっ…。」
 

 

 
私の力説後彼女はぷっと吹いて笑い出した。
 

 

 
「…すみません、熱が入りすぎました。」
「いっいえ…あまりにも普段のクリスさんのイメージと違っていておもしろくてつい…。」
「人には誰しも苦手な物の一つや二つはあります。私だって例外じゃないですよ。」
 

 

 
住人達には時々"サイボーグ"と呼ばれる。
確かにナイフは所持しているし私に出来ないことなどほとんどないが、一応私も人間だ。
彼女の反応に悲しくなり、少しムスッとした態度で紅茶とクッキーを口に含む。
 

 
「…!…今日の紅茶はいつものとは違いますね。」
「さすがクリスさん、紅茶屋さんで新しい紅茶を出していたので買っちゃいました。」
「うん…とても美味しいですよ。」
「よかった…。」
 

 

 

 
彼女はいとも簡単に人を幸せにする気遣いが出来る。
その能力を持った彼女を選んだこと、
私にとってそれだけは絶対に間違っていない選択だったと断言出来る。
住人達もきっと彼女の力に、彼女の笑顔に癒されているに違いないだろう。
 

 

 
「で…ものは相談なんですが…。」
「ん?なんですか?」
「…クリスさんのお気に入りのティーカップ割ってしまいました。」
 

 

 
ただ…時々そそっかしいのが難点だが…。
 

 

 
「いえ………お気になさらず。」

  
「あああごめんなさい〜!!」
 

 

 

 

 
そんな私達の昼下がり。