Prologue Welcome to Elusion

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ブロロロ…

 

 タクシーに乗るのはとても久し振りだった。
森の中を走る車の、ガタゴトと不規則に鳴る音と揺れる動きはなんだか妙な心地良さがある。
見渡す限りが緑と黄緑の世界。春の陽射しも柔らかく、見慣れた都会とはまるで違い、別世界のように感じた。
 また、都会生れ・都会育ちの私にとっては結構新鮮な光景で、
こののどかな風景は現在の複雑な気持ちやこれからの不安を忘れさせてくれるものだった。
  

 

  

 そして、都心から外れたこの森の奥に、青い屋根の白い大きな屋敷があるらしい。
私の勤続先は今日からそこになる。というより住み込みで家政婦をすることになっている。
高いお給料という理由で、どんな人がいるのか、何人いるのかという内容は全く聞かされていない。
今思えば私はなんてチャレンジャーなんだろうと少し後悔の念も抱いてしまう。

  
  

 しかし、そんな事は言ってられない。せっかく見つけた働き口。絶対逃してなるもんか…!
  

  

 

ジャラジャラと小銭が鳴る財布から泣けなしのお札を運転手に差し出し、手荷物
をまとめてタクシーから降り、トランクから、期待と不安と生活道具を詰め込んだ大きなキャリーバッグを下ろした。

  

 

 
 タクシーを見送り一息ついた私の目の前には、なんともキレイな青い屋根の真っ白な屋敷。
御伽話にでてくるような、また小さな女の子が憧れそうな、可愛らしい印象の屋敷だった。

 

 

「うわぁ…可愛い…」

   

  

 

『屋敷』なんて聞いていたものだから、もっと厳かでクールなイメージがあったのだが、
可愛らしい意外な外観に、緊張が少しだけ解け胸を僅かに撫で下ろす。

 

 

「さてと…行きますか…

 

 

 気合いを入れて荷物を門の前まで運び出そうとするが、大きな荷物のせいか気持
ちのせいか、なんとも足取りが重い気がする。
門も屋敷の外観と同じ白く、少しメルヘンチックな印象を受ける。
小さな彫像がついていたり、どこまでも手の込んだ門だ。
ぼーっと見惚れていた私は、漸くインターフォンの存在に気付き、深呼吸して意気込む。
そして、緊張を押さえながら強くボタンを押した。

  

 

   

 
 
ピンポーン…
 
 


 

 

 
 

 

 
 
返事がない。おかしい。9時に行くとしっかり伝えたはずなのにどうしてか返事がない。

 

 

 
ピンポーン…

 

 

 
 

 
 

 

やっぱり誰も出ない。
無反応なインターフォンをにらみ付け、私は意固地になって何度もボタンを連打した。

 

 
 
  
ピポピポピポピポピポ!!
  

   

   
 
「うるさい!!」

 

「うひゃぁぁっ!?…って、誰!?」

 

  
激怒した声の主は私のすぐ後ろにいた。
反射的に振り返ったそこには、白いシャツを見事に着崩して着こなした、
透き通るような水色の髪を持つ艶っぽい美青年。

  

「何だお前…」

 

 

気品のある低い声にピクリと体が動いてしまう。
やや中性的なキレイな顔立ちとのギャップが随分あった。

   

「え、えぇとあのですね…!私実はk「…さっさと帰ろ。ここには何も無い…」
  

「え、ちょ、あの!あのえっと!すみませ…!!」

 

 

スタスタスタ…

 

青年は不機嫌そうに眉を顰めるとふいと顔を背け、話を遮りそれだけ言い残すと
私を避けるように門を開けてさっさと入って行ってしまった。

  
   
    

  

    

『…つんめたッ!!』

 

   

   
青年に手を伸ばすようなストップモーションで私の叫びは届くことなく終わった。
それにしてもあの青年はなんて冷血漢なんだろうか…あんなに不機嫌ぶられたのも久し振りってもんだ。
ムカムカと効果音が聞こえそうなくらい顔をしかめていると、
今までだんまりモードだったインターフォンが突然喋り始めた。

 

 

『すみません、どちら様でしょうか。』

 

 

焦っていながらも穏やかな紳士的な声。周りに人がいないと安心しきっていた
酷い形相の私は急いで顔を整えてインターフォンに返答する。

 

  

「あ、すみません!今日からお世話になる…」

  
『あぁ、やはり貴女でしたか。すみません、どうぞお入りになって下さい。』

  

さっきの冷血漢が通って行った門を開けて中へと入る。

  

 

 

  

 

「うわぁ…広い…」

 

 

一歩入ると辺りは広い草原のような、野原のような広く気持ちの良い庭。
その向こうには例の屋敷があり、この場所だけが異空間のような、別世界にいるようなそんな気分になった。

 

 

「あれ…?」

 

 

ぐるっと辺りを見回すと、庭の角にあるバラ園に目が行った。
そこには白いテーブルとチェアがあり、一人の男性が腰を掛け本を読んでいた。

 
私は視力があまりよくないせいか男性の周りがバラ園かどうかハッキリとは見えなかったが、
何故かその人の姿はシッカリと見えた。そして一瞬、青年は私の視線に気がついたのか、
こちらをほんの少しだけチラリと見るが、すぐに視線を本に落とした。
なんでここの屋敷の関係者はこうも揃って感じ悪いんだろうか…。
私は気にしない気にしないと呟きながら玄関の前までやってきた。

  

 

  
  

コンコン…ガチャ…

 

 

金のハイセンスなノックをすると、ゆっくりと重そうなドアが開いて行く。

 

 

「ようこそ、お待ちしておりました。」

 

 

中からは先程の声の主であろう青二才風の好青年がニッコリと満面の笑みで迎えてくれた。
整った上品な顔立ちの上に笑顔という、まさかのオプションに、私はときめきを隠せない。
世の女性陣の好みに思い切りクリーンヒットしそうな風貌だ。

 
 
好青年は黒い長めの髪を後ろで括り、落ち着いたモノトーンの服装でいかにも紳士という出で立ち。
知的な優男とはこの人みたいな人の事を言うのかと心の中、一人で納得していた。

 

 

「ん?どうしました?」

 
「え、いや!何でもありません!」

 
「ふふ、そうですか。…それでは中へどうぞ?」
 

「あ、荷物…!」

 
「お気になさらず。重たかったでしょう?さぁ、こちらへ。」

  

ポーッとただ突っ立っている私の顔を覗き込むと、青年は小さく笑いバッグやら
キャリーケースをヒョイと持ち上げ中へと案内してくれた。
  

 
世の中にはこんなにステキな紳士もいるんだ、そしてあわよくばこんな紳士と…
なんて勝手気まますぎるふざけた妄想をして顔が綻んだ。

   

 

   

   

 

「…やっぱり中も広いですね…」
 

 
好青年に案内されながら屋敷内を歩く。結構歩いた気がするのにまだ着かないらしい。

「えぇまぁ。坪で言うと屋敷だけで200坪ありますので。庭も合わせたら500坪程になるかと。」
 

「500!!?」

   

あまりの広さに失神してしまいそうだった。これからここの掃除や管理は自分がするのよね
毎日が戦争になりそう。エブリデーバトルだわ…。

  

 

「さぁ、居間に着きましたよ。」
 

「は、はい!」

  

  

ギィ…

 

 

ビュンッ!!パシィッ!

  

  

 

「!!?」