Eighth Blue Rose

1

 

「ふぅ…」

 

先日のバベルの一件で随分気落ちしているカイリは溜め息をつきながら紅茶を入れていた。

 

「なんでこうなっちゃったんだろう…」

 

伏目がちにカチャカチャと音を立てて戸棚から出したティーカップとソーサーを出し、
側にあるボードにティーポットやティーカップ、砂時計を乗せておぼつかない足取りでリビングに向かう。
夏も近付き随分熱くなった日差しが窓からレースカーテンを通してリビングに差し込んでいる。
 シャレた大きなウッドテーブルにボードを置き、一人掛けのソファに座り、ぼうっと窓から見える庭を眺める。
 
庭ではクリスが花壇の手入れをしていた。花壇はどうしても自分で手入れしたいらしく、花の種類にはとてもこだわっているらしい。
その為この庭には珍しい花やハーブがたくさん植えられている。
視線を部屋の中に戻し、伸びをすると砂時計の砂が落ちている事に気付いた。
ゆっくりティーカップに紅茶を注ぐとやわらかなアールグレイの香りが漂う。
息を吹き掛けて冷ましながら一口二口ゆっくり口に含むと優しい香りが口いっぱいに広がり、嫌な事を少し忘れられそうだった。

 

 

 

バンッ!!

 

 

 

「カイリさん、ドライブに行きましょう。」

 

そんな元に突然現れたのは、さっきまで庭の手入れをしていたクリスだった。
朝の戦争を終えやっとくつろぎタイムに入っていたカイリは目を丸くして、満面の笑みを浮かべる彼を見つめる。

 

「…は、はい?あの、どうしたんですか?」

  

 

いまいち状況を理解できていないカイリは両手でティーカップを持ったまま首だけ横に傾けた。

 

 

「ふふっ、たまにはかわいらしいお嬢さんと出かけたいと思いましてね。」

「…はぁ…ですが私にそんな役目が勤まるかどうか…」

 

 

一口紅茶を飲み直し、クリスの顔を窺う。いきなり突拍子もない事を言い出して一体どういうつもりなんだろうか。

  

 

「カイリさんはまだ街の方には行った事がないですよね。」

「えぇ…そうですね。」

「さっき花の手入れをしていましたら、隙間があったんですよ。
だからそこに植える花を買いに行こうと思いまして。それでカイリさんにも選んで頂きたいんですよ。」

 

 

ヴォルテールにいた頃は繁華街や賑やかな街の方に、よく行っていたがアンシャ ンテの街には興味はあるけれど
時間や機会がなくて行けていなかった。いつか行けたらいいや…とぼんやり思っていたカイリには嬉しい誘いだ。

  

 

「あ、それなら…私でよろしければ是非。」

「そうですか、良かったです。では門の前で待っていて下さい。」

「はい、分かりました。」

 

いつまでも気落ちした状態でいるなんて自分らしくないとカイリは心の中で呟き、
クリスがリビングを出るのを見届け早足で自室に向かった。

 

 

 

  

 

  

 

 

 

 

 

「うーん、遅いなぁ…クリスさん…」

 

手早く身仕度をし、カイリは照りつきだす太陽の下、立派な門の前に立ちキョロキョロ辺りを見回していた。
待ち始めて5分がすぎていたが、もっと待っているような気持ちだ。
腕につけた 時計がなんだか普段よりゆっくり進んでいる気がする。

 

 

キイィィィィィ!!

 

「!!?」

  

 

待合わせ場所を間違えているのか…と思い屋敷の方にUターンしようとした瞬間、
大きなブレーキ音を立てて一台のスカイブルーのオープンカーが華麗に止まった。
そこに乗っていたのはやはり…

 

  

「お待たせしました、カイリさん♪」

 

  

好青年優男のクリスだった。日光に反射して黒光りするサングラスをつけ、いつもと雰囲気が随分違う。
似合わないサングラスをかけたクリスは、唖然としているカイリを見て小さく笑った。

   

  

「クリスさん?!ちょ、あの!?こっこれ!!」

   

 

車なんて、ましてやオープンカーで行くなんて考えてもいなかったカイリはオドオドしながらその場で右往左往している。

  

 

「ふふっ、さぁ、どうぞこちらに乗って下さい。」

「え、あ…はい…!」

  

  

クリスは助手席のドアを開けてカイリを招く。
高級そうなオープンカーに緊張しているカイリは慎重に席に着いた。

  

  

「それじゃあ行きますよ。」

  

ブゥン…ブルルルル!!!

  

  

「き…きぃゃあああ!!!」

 

クリスの爽やかな笑顔とカイリの恐怖に満ちた叫びと共に高級オープンカーは轟音を出し
今にも事故を起こしそうなくらいの猛スピードで走って行った。