Sixth KIZUATO

4

 

「もしかして…ケンカ中ですか?」
 
「あ?」
 
「だから私にも意地悪するんですね!いきなりキスしたり急に冷たくなったり!」
「お前何をまた勝手に…」
「よーやく分かりました!彼女さんとケンカはしょうがないですが
ちゃんと話し合わなきゃだめですよ!」
  
「はー…」
  
 
コイツも走り出すと止まらないらしい。
全く聞く耳を持たないメイドは頬を膨らませながらこちらを見据えている。
 
   
『バベルは明日仕事よね?』
『え、いや確か休みに…』
『じゃあ帰りにご飯食べに行こうよ、美味しいって評判のお店教えてもらったから♪』
『だから休みだって…』
『最近食べに行くなんてなかったもんね〜』
『…ふっ…。そうだな。』
『ふふふっ』
  
    

アイツを振り回す事は多かったが二人になると必ずと言って言いほど
こちらが振り回されていたなと内心笑う。
アイツの笑った顔と目の前のメイドの顔が重なった…
   
 
やっぱり俺は馬鹿だな…
   
  
もうアイツは帰ってこないと知っていながら、こうして期待している…。
今も心のどこかでこのメイドがアイツであってほしいと思っている。
アイツがわざと他人のふりをしているんじゃないか…とか、
記憶を失っているのかもしれない…とか考えてしまう。
  
手を伸ばせばすぐに届きそうな距離にいるのに…
  
 
 
 
どうして届かない…?
 
 
   
  
 
  
「…バベルさん!」
 
「…!」
 
「あの、大丈夫ですか?ぼーっとしているみたいですが…」
    
 
  
 
無意識のうちに俺はメイドに手を伸ばしていた。
 
驚いたメイドは焦りながら若干意識が薄れている俺を呼ぶ。
   
  
 
「…寝る…」
 
「あ、分かりました。」
 
 
「…」
 
 
 
俺は出来るだけメイドを見ずに席をたち、自室に戻ろうとした。
 
  
 
「おやすみなさい、バベルさん。」
『おやすみ、バベル…』
   
 
  
俺にほほ笑んだその顔は、アイツと全く同じだった。
   
 
「…っ!」
   
  
 
ぐいっ!!
   
   
 
 
 
「え?わゎっ!!」
    
 
  
 
 
ぎゅっ…
   
 
 
「あっあの!!バベルさんっ?!」
   
  
  
俺は無意識のうちにメイドの手を引いて抱き締めた。
俺が求めていたあたたかさを2年ぶりに感じた。
この2年間、どうしてもアイツを忘れたくて何人もの女を抱いた。
それでも心は満たされなくて、本当のぬくもりなんか手に入れられなかった。
   
 
  
「…バベルさんっ!」
 
「…っ…」
   
 
メイドは俺の胸を力一杯押してくっついていた体を引きはがした。
 
   
 
 
「…や、やめて下さい…!私はバベルさんの恋人じゃないです…!
見た目は似ているかもしれませんが…別人です!」 
   
 
  
その言葉にハッと気付かされた。
分かっていたけれど信じたくない事実を突き付けられて何も言えなくなった。
   
  
 
 
 
「でも、上手くは言えないんですけど…」
   
  
 
 
 
アイツじゃないなら、全くの別人なら、俺の前に現れるな…
  
   
 
 
    
 
「相談相手にはなれます!だから…」
 
 
 
 
    
優しくなんかするな、俺の事好きでもないくせに…
    
 
  
 
「バベルさん…」
『バベル…』
   
 
  
 
俺を呼ぶその姿も声もまさにアイツで、このままずっと一緒にいたらどうにかなりそうだった。
   
 
  
   
「うるせぇ!!」
  
「っ!」
  
  
  
声を荒げた俺に体を震わせてメイドは一歩下がった。
 
 
   
  
 
「…ご、ごめんなさい…」
 
 
 
 
ガチャ…
  
「こんな夜中に何をしているんですか?バベル、廊下まで丸聞こえですよ?」
 
「…っ」
  
  
書斎にいたクリスが俺の声を聞きダイニングに駆け付けた。
  
俺はクリスと目を合わさずに足音を立ててダイニングを後にした。
  
 
 
 
 
 
  
 
  
 
   
 
バカな事をした。
 
また俺は後悔している。
 
2年前と同じように。
 
自室に戻りまたベッドに身を投げ出した。
 
どうしようもないもどかしさとアイツへの気持ちを抱えて俺は静かに…
 
  
  
目を閉じた。
  
  
 
 
  
今日も夜が更けて行く…