Forth *Visitor of Rainy day
1
穏やかな春の陽気は、いつの間にか、じめじめとした蒸し暑い梅雨に変わっていた。
空はどんよりとぐずついている。
部屋干しは臭うのに…と若々しくない愚痴をこぼすのは、
屋敷に来て今月で二ヶ月目のカイリ・ファンナイトだった。
真っ黒な雲が流れる空を、洗濯物を手に取りながら窓越しに見ている。
「あーあ。雨かぁ…たまにはスカーっと晴れてくれないかなぁ…」
「まあいいじゃないの!そのおかげで庭掃除だってナシになるんだし♪」
カイリの手伝いをしていたアルフも、同じように窓の外を見る。
こちらはカイリと違ってとても嬉しそうだ。
「だったらドカーン!!と雷落ちるくらい土砂降りにでもなってほしいですよね!スッキリしないのは嫌です。」
晴れでも雨でもない、そんな中途半端な天気は一番めんどくさい。
洗濯物が干せるのか干せないのか、そこのポイントはカナリ重要なのだ。
「あれ?そういえば、まだダンテ起きて来ないですね。なんだかんだ言っていつも早起きなのに…」
ダンテが座っているお気に入りのソファに目をやる。
誰もいないソファーは、いつもよりどこか小さく見える。
「ダンテは…雨が大嫌いでね。」
目を細めて言うアルフさんの表情は空と同じように曇っていた。
「どうしてですか?やっぱり気分が乗らないからとかですか?」
「頭痛がするみたいだよ。」
「…そうですか…じゃあお薬とか…」
ふいと顔を背けるアルフ。いつものように飄々した雰囲気はなく、どこか悲しげに見える。
・・・カツカツカツ
「大丈夫ですよ、お腹がすいたら下りて来ますから。」
優雅な足取りで入ってきたのは屋敷主のクリスだ。
「…じゃあ、美味しいお昼ご飯作って待つ事にします!」
「えぇ、よろしくお願いしますね。」
いつもどおりのクリスさんの優しい笑み、だけれどそこには何か隠されていて、
アルフさんはそれを知っているような気がする…
私の知らない事はまだまだたくさんある。
気になりながらも、私は昼食を作るためキッチンへと向かった。
ぐずついた天気はやはり機嫌を損ねて、雨を降らせた。
黒い雲が小さなイナヅマを抱えてゆっくりと、また大きく流れている。
同じ頃、Elusionの門前に傘もささずに佇む一人の青年がいた。
青年はコンパクトにまとめられた荷物を肩にかけ、門の向こうを覗いている。
「また、帰ってきちまったな・・・」
雨に濡れたグリーンの髪をかきあげ一息つく。
目がつり上がっていて背の高い少々恐い雰囲気の美青年だった。
一度Elusionの周りを歩いてから、門前に戻ってきたのか、やや疲れ気味の様子。
「Elusion…罪人が逃げ込む茨の檻…」
青年はゆっくり門に手を掛けた。
ギィ…
門は開かれる。
青年は荷物を持ち直し、かかとを鳴らせながら屋敷へと歩いて行った。
「…罪という鎖に絡められ、逃避という逃げ道に縋る罪人達。
Elusionの意味は…"逃避"。…こんな場所に…救いなどあるはずがないのに…ね…。」
その様子を屋敷の二階から見ていたひとつの影。
影はほくそ笑むように笑うと屋敷の奥へと姿をくらませた。
昼時になり、キッチンも戦場となる。カイリは一人忙しく昼食の準備をせっせとこなしていく。
サラダとスープが完成して、今からメインのパスタ作りに取り掛かる。
「えーっと、パスタは15人前で…」
大の男D人をかかえる屋敷は食事の量が半端ない。
一人っ子のB人家族で育ったカイリからすると今まででは想像できないくらいの量なのだ。
しかも、ワイズは人の5倍食べるということで、ものすごい量になる。
「あ!缶詰補給するの忘れてた…!!
ツナ缶ないとダンテ怒るんだよね…しょうがない!ちょっと走るかっ!」
以前ツナ無しのパスタを出してダンテがひどく機嫌を損ねていた事を思い出す。
さすがに二度目は可哀相なので急いで買いに行くことにしたカイリは、
エプロンをテーブルに置いて財布を手にとり玄関へと急ぐ。