Eleventh *reason
1
バベルさんの事件から一夜開けた今日。
私は仕事を終えて、庭にあるお気に入り
のベンチに腰掛けていた。
昨日の事や昨夜の事をぼんやりと思い出す。
宵都で遭った事件の事やルシアさんの事、バベルさんとお話した事…。
いろんな事がたくさんありすぎて訳が分からなくなりそうだったけど、
屋敷に帰ってきたあとに二人で話したことを思い出すと、なんだか心が温かくなった。
バベルさんの上着を借りて屋敷の住人さん達にばれないようこっそり帰る。
破られた服、胸元隠しながら自室に戻り着替えてリビングに降りると
バベルさんがキッチンで水を飲んでいた。
『…つぅかお前さ。』
『はい?なんですか?』
目線は下のままぼんやりとした様子でバベルさんがやってきてすぐの私に話しかける。
『……はぁ。』
『…?』
バベルさんは目を細めて私を見ると肘をついてため息をついた。
『よくよく考えたらやっぱりお前はバカだ。気に入らない男を心配してわざわざ探しに行くわ、
怪しい街に行くわ、下賎な男共に押し倒されそうになるわってのに…どこまでお人よしなんだ…』
壁にもたれ掛かり、頭を掻きむしって怪訝そうに私を見る。
当然の事をしただけだと思っていた私は何をもってバベルさんにとって私がお人よしに見えたのか全く分からなかった。
暫し考え、私はゆっくりと口を開く。
『…はぁ…お人よしっていうか…。なんかバベルさんが気になっちゃって…
あのまま仲悪いままは嫌だなって思って…。ふふっ、結局私は自分の事しか考えてないですよ?
…そんな私は、バベルさんの言う通り、やっぱりバカなんです。』
『………バーカ。』
前だったらバーカなんて言われて苛立ったけれど、今回は苛立ちなんかしなかった。
むしろそう言ってくれる事が嬉しくて、私はクスリと笑った。
『……っ』
『…どうしましたか?』
二人で小さく笑っていると、バベルさんが突然苦しそうに胸を押さえ出した。
『…っ、なんでもねぇ…』
『えっ、バベルさん!?』
ズルリと身体が床に崩れて荒い息遣いをするバベルさんだが、心配をかけまいとしているのか、
あまり表情を変えずただギュッと胸を押さえている。
『………白い棚の、右から3番目…緑のケース取ってくれ…』
『はっはい!』
脂汗をかきだし、バベルさんは苦しそうにキッチンの棚を指差した。
棚の中にあった手の平サイズの緑のケース。
いつも開いているはずなのに初めて見るケース。
急いでケース手に取り蓋を開けると、中には何種類もの薬が入っていた。
急いでバベルさんに渡し、私は水を用意する。
『………サンキュ。』
水を受け取り薬を飲んだバベルさんはゆっくり呼吸を整えて顔を上げる。
もう苦しげな様子はなく、私はホッと胸を撫で下ろした。
『…よかった…。…大丈夫ですか?』
『とりあえずな…。』
『………あの…。』
胸を押さえたり…薬を飲んだり…きっと病気なんだろうと分かった。
けれど、今日もあれだけ激しく動いたのにどうして今発作なんか起きたのか…。
不思議に思い、ききにくそうに私は切り出す。
『小せぇ頃から心臓が悪くてな、ふとした拍子に発作が起きるんだよ。』
『そうだったんですか…』
『別に激しい運動したからなるとかじゃねぇから昔から無茶ばっかりしてたけどな。』
普通の発作とは少し違うようだ。
動けることは動けるけれどいつ発作が起こるか分からないなんてとんでもなく怖い…。
今日のこともあり、私は心配そうにバベルさんを見た。
『…これからも気をつけて下さい、何かあったら…やっぱり怖いです。』
『あぁ、わーってるよ。』
そう言ってクシャクシャっと私の頭を撫でるバベルさんの顔は初めて見る穏やかな優しい顔だった…。
そんなふうにぼーっと昨日の事を思い出す。
バベルさんにぐっと近づけて嬉しい半分、ちょっと照れもある。
ニヤつく自分の顔をつねって、洗濯をしに庭に出る。
そういえば、昨日は夜遅くに帰ってきたというのに、今朝住人さん達に会っても誰も何も言わなかった。
きっとクリスさんあたりが皆さんに何か言ったんだと思う。
あえてきかないその姿勢に心の中で感謝した。