Tenths *Nightmare Again
4
「はぁ…はぁ…」
「バ、バベルさん…」
どれくらい走ったのか分からない…夜の街をバベルさんは私を抱えて何分も走った。 息を切らして辿りついた公園、バベルさんは荒い呼吸が落ち着かぬまま、立ち止まる。
バベルさんの顔をチラリと見ると、いつになく真剣な表情をしていて…。 ふと目線を下にすると走った勢いのせいかバベルさんのネックレスのロケットが開いていた。 そこから覗いている顔のは私…ではなく、ルシアさんの優しい笑顔…
「はぁ…はぁ…んだよ…」
「あの、ロケット…」
「…あぁ…開いてたか…」
「…やっぱりロケットの中身はルシアさんの写真でしたか…」
「…他に誰入れるんだよ…」
「…ふふっ…」
なぜか嬉しくなった。 バベルさんの愛は本物だったから。 バベルさんを信じる事ができたから…
「…ほらよ…」
「あ、すみません!…ありがとうございます…」
ぶっきらぼうにそう言うと私をゆっくり地面に下ろしてくれた。 …バベルさんって見た感じとかしゃべり方とかこんなんだけど…とても…優しい人なのね…
「それにしてもお前…重過ぎだっつの…」
「なっ!失礼ですね!これでも標準ですよ!!」
ちょっと感動していたのに台無しだわ… 女の子が気にしている体重の事をしれっとした顔で言うバベルさんにちょっと食ってかかってみる。
「…なんともねぇみたいだな…」
「あ…ありがとうございました…助けてくれて…」
「…俺のせいでこんな目にあったんだ…礼なんか言うな。」
そんな私の様子を見てほっとした顔をすると、また目を合わせずに呟いた。
「…でも、助けてくれましたから。」
「…後味悪いだろ…目の前で連れて行かれて…。だけど2年前は…アイツの事を守れなくて… この2年間ずっと悔やんだ…だけど、お前は守れた…」
その言葉で私の中で何かが繋がった。考えたくもない、屈辱的な事…
「!…ルシアさん…もしかしてあの人達に…」
「…あぁ…俺の考えが甘かったせいでな…次の日、俺の目の前で海に身を投げた… 俺が、アイツを殺したようなものだ…」
可哀相なんて言葉だけじゃ片付けられるわけがない…ルシアさんはどんな想いだったのだろう… その後、どんな気持ちで過ごしたんだろう… だけど、身を投げたのは絶望からきた諦めなんかじゃないと私は悟った。
きっと…
「…ルシアさんはバベルさんにそんな風に思って欲しかったわけじゃない…。 ルシアさんは永遠にバベルさんのものでいたかったんです… それが一番ルシアさんらしくいられたと思うから…」
「…アイツらしく…か…。」
じゃないと、好きな人がいるのにおかしいもの…ましてや、その人の目の前でだなんて…
「だから、ルシアさんはきっと、バベルさんと一緒にいられて本当に幸せだった と思います…きっと、天国でありがとうって言ってますよ…。」
酷い目に遭ったとしても、ずっとバベルさんに愛された事に変わりはない、 どんな終わり方をしようが、その最後にバベルさんがいた事こそルシアさんの幸せだったと思う。 だから…天国でも笑っているはず…
メイドがあまりにも自信を持って言うものだから、この俺が気押され気味になる。 しかし、メイドの言葉でハッと気付いた。
『バベル…ありがとう…』
最後、海に消えたアイツが紡いだ言葉が、今やっと分かった…
「ははっ…やっぱりお前はアイツに似てねぇよ。」
「え?」
完敗だな… 久々に誰かに完敗した気分だ。 惚けた顔のコイツはぽかんとしてこちらに振り向く。俺はゆっくり息を吸って小さく笑う。
「アイツは、アイツしかいねぇ…お前も、お前しかいねぇもんな…カイリ。」
「…はい!」
初めて名前を呼ぶと、カイリは嬉しそうに頷いた。
「…あーなんか疲れた。腹減った。あーチーズリゾットが食いてぇ。」
一気に緊張が解けてグンと伸びをする。 急にスッキリした気分になった… それと同時にたまっていた疲れがどっと押し寄せた。疲れた時はチーズリゾットに限る。
「ふふっ、じゃあ急いで帰って作らないといけませんね。」
「おぅ、マッハで作れ。」
「もう命令しないで下さいよ!」
君に出会えて良かったと 君に会えた奇跡に感謝したい
キミはキミのままで 君は君でいて キミと君は違うから また僕は新しい道を歩き出す
この無色の世界に 君の色が広がって いつか終わるその日まで 君の笑顔を守りたい
君とキミに伝えたい…
ありがとう…
『バベル…ありがとう』